総合トップ 
 
サイト内検索
 
図書館トップ > 郷土のページ > デジタルアーカイブ > デジタルライブラリー

 

デジタルライブラリー



 貴重資料データベースで画像を公開している資料から一部を紹介します。
 各資料のリンク「資料の詳細・高精細画像の閲覧へ」をクリックすると、画像データが閲覧できるページに移動します。


「福井城旧景」より 九十九橋の図

画像データの無断転載は固くお断りします。画像の利用を希望される場合は、
福井県立図書館 郷土資料班(0776-33-8860)までお問い合わせください。

 
 「越前国絵図」 (慶長年間)〔松平文庫蔵(福井県立図書館保管)〕

国絵図とは江戸時代に作成されたほぼ一国単位の絵図です。この国絵図は慶長年間に幕府の命で各国に作成させたものの一つですが、慶長国絵図は全国でも11枚しか現存していないため非常に貴重な絵図と言えます。絵図中には村々に分かれる前の「郷」や「庄」の名前も見られるなど、中世的な要素を残しているのが特徴です。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「越前国絵図」 (正保2年頃) 〔松平文庫蔵(福井県立図書館保管)〕

正保2(1645)年幕命によって諸大名に国絵図を作らせた際の越前国大絵図です。添書に「初而十二郡之絵図一通、但裏書無之」とあるように、当時の郡域は12郡から構成されています。この絵図の形式は、村名、石高の囲みの形によって所属郡を区別し、これを更に色別によって松平万千代領分、松平土佐守領分、本多飛騨守領分、勝山領、酒井讃岐守領分、御朱印知御除知寺社領、幸若知行、諸鶴大夫を区別しています。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「越前国之図」 (貞享2年) 〔松平文庫蔵(福井県立図書館保管)〕

貞享2(1685)年に作成された国絵図です。翌年福井藩の領地高は25万石と半減しますが(貞享の半知)、その準備として越前国だけに国絵図の作成が命じられました。寺社・城跡・山・森・池などの情報が豊富で色彩豊かに描かれており、全国一斉に作成された国絵図とは違った趣があります。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「越前国地理全図」 (幕末期) 〔松平文庫蔵(福井県立図書館保管)〕

この図は公用として作成されたものではなく、恐らく私用に簡便なように作成されたものと考えられ、使用紙も美濃紙が用いられています。作成年代は不詳ですが、幕末頃と推定されます。記載方式は各村高はなく、村名を藩領に従って色別にしています。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「北之庄城郭図」 (慶長年間) 〔松平文庫蔵(福井県立図書館保管)〕

福井城下の絵図は江戸時代を通じていく度となく作成されており、現在でも多くのものが残されています。そのうち本図は慶長18(1613)年ごろの福井城下の様子を描いた城下絵図です。描かれているのは城郭を中心とした武家屋敷の範囲のみですが、2代藩主松平忠直時代の武家屋敷名とその配置を知ることができます。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「御城下之図」 (正保年間) 〔松平文庫蔵(福井県立図書館保管)〕

絵図の裏書には貞享2(1685)年とありますが、記載されている内容は正保年間(1644-48)のものです。正保元(1644)年に幕府が諸藩に命じて城下絵図を提出させており、本図はその控図と考えられます。城下の軍事情報を幕府にくまなく報告する必要があったため、街区の距離や道幅、川幅・水深などが詳細に記されています。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「福井分間之図」 (文化8年) 〔松平文庫蔵(福井県立図書館保管)〕

文化8(1811)年に作成された城下絵図です。分間図とは1分(=1/10寸)をもって間数を表す意で、本図では1分(約0.3cm)=2間(3.6m)の縮尺で描かれています。1/1200の正確な縮尺を基にして、武家屋敷の間口・奥行の間尺が詳細に記載されていること、また、辻番や門など地図記号に相当する凡例が付記されているのが特徴です。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「御天守絵図」 (寛文9年以前) 〔松平文庫蔵(福井県立図書館保管)〕

北庄城(福居城)天守2面の立面図、1層から4層までの各層の平面図、天守台の形状・寸法が書かれている図です。慶長11(1606)年に完成した北庄城の天守は37mもの高さを誇りましたが、寛文9(1669)年の大火で消失してしまい、以後再建されることはありませんでした。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「火事以前御本丸御指図」 〔松平文庫蔵(福井県立図書館保管)〕

城郭内の最奥部、内堀に囲まれた本丸に建っていた本丸御殿の平面図です。本丸御殿は、藩政を執り行う最も重要な所であり、賓客を接待する場でもありました。絵図の裏側には「火事以前」と記されていますが、天守の姿が描かれていないことなどから、寛文9(1669)年の大火以降に(火災以前の姿に)再建するにあたって作成されたものと推測されます。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「越前国古今名跡考」 (文化13年) 〔松平文庫蔵(福井県立図書館保管)〕

福井藩士・井上翼章が著した越前国の地誌。先行する多くの地誌や史書からの引用に、井上独自の考察が加えられています。内容は越前国八郡について、村ごとに石高・領別・社寺・名所・城跡・産物等が記され、地図・風景画など大小66枚の彩色絵画が綴じこまれています。

資料の詳細・画像の閲覧へ
 
 「御家中指物」 〔松平文庫蔵(福井県立図書館保管)〕

幕末維新期の福井藩士各家の指物を色鮮やかに描いた資料です。指物とは、戦場での個人識別のために武士が背中に指した長柄の標識のことで、半月・傘の作り物や家紋・神仏名を染め抜いたものなど多様な形態の指物が存在しました。色使いやデザインに奇抜なのも見られ、藩士のこだわりが感じられます。

資料の詳細・画像の閲覧へ
 
 「福井城旧景」 〔福井県立図書館蔵〕

昭和2(1927)年、郷土史家・山下与平によって書写された画集。原本は旧福井藩士大越家に伝わったもので、現在は福井市立郷土歴史博物館に収蔵されています。全25図の画には、福井城の門周辺や九十九橋、片町周辺などが描かれており、幕末頃の城下の様子を知ることができます。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「越前国浦々ノ図」 (天保年間か) 〔松平文庫蔵(当館保管)〕

崎浦(現坂井市三国町)から大谷浦(現南越前町)までの16ヶ浦を10場面に区分して描いた越前海岸の絵図で、海岸の防備を目的に作成されたものです。各図中には「台場」の文字が記され、各浦々に大砲の設置場所を定めていたことがわかります。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「日光山御宮之図」 (宝暦2年) 〔松平文庫蔵(当館保管)〕

徳川家康を祭神とする日光山東照宮は、元和3(1617)年の造営後、いく度かの建替や修理を経て現在の姿になりました。福井藩でも慶安年間と寛保年間に御手伝普請として修復に携わっています。本図は寛保の修復後、藩主宗矩が修復の栄誉を後世に伝えるため、藩士原文哲に本殿・拝殿の装飾を写し取らせたものです。

資料の詳細・画像の閲覧へ
 
 「若狭敦賀之絵図」 (正保2年) 〔酒井家文庫(小浜市立図書館蔵)〕

幕府の命によって正保期に全国一斉に作成された国絵図の控図です。諸国の軍事情報の把握が幕府の目的であったたため、縮尺や道路の描き方など統一的な作成基準が設けられていました。本図には通常国絵図ではあまり記載されない城下の町並が描かれており、城下絵図的要素も兼ねる内容となっています。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「小浜城下鳥瞰図」 〔酒井家文庫(小浜市立図書館蔵)〕

六曲一双の屏風に仕立てられた小浜城下の鳥瞰図です。右双には小浜城の全容と侍屋敷が、左双には小浜町の町並みが描かれています。作成された年代ははっきりしませんが、川崎の砲台場や小浜城の櫓が絵図中にあることから、ごく幕末か明治初年の状況を描いたものと推測されます。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「小浜城武家屋敷図」 (享保3年頃) 〔酒井家文庫(小浜市立図書館蔵)〕

享保3(1718)年ごろの小浜城下武家屋敷の様子を描いた絵図です。小浜城下には城を挟んで竹原・西津の二つの武家地区があり、本図にはは両地区の屋敷の配置と屋敷名が記されています。西津地区(小浜城の北方・図の上方)には、杉田玄白らとともに解体新書の出版に携わった中川淳庵の父・仙安の名も見えます。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「小浜町絵図」 (寛文・延宝年間) 〔酒井家文庫(小浜市立図書館蔵)〕

小浜城下武家屋敷の南西方向に位置した小浜町を描いた絵図で、現在残されている小浜町図のなかでは最も古く、最も大型のものです。記載されている町名などから、寛文(1655-1672)・延宝(1673-1681)年間に作成されたものと推測されます。町角の随所に井戸(井の記号)や番所(■の記号)が記載されているのが特徴的です。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「志濃夫廼舎歌集」 (明治11年 ) 〔福井県立図書館蔵〕

幕末の歌人・橘曙覧の遺稿集として、長男・井手今滋によって刊行されました。曙覧生前の自撰歌を中心に860首を収録、「たのしみは・・・」で始まる独楽吟も収められています。当館所蔵本は与謝野礼厳から息子で歌人の与謝野鉄幹(寛)に引き継がれたもので、鉄幹自筆文章と鉄幹の妻・与謝野晶子の蔵書印があります。

資料の詳細・画像の閲覧へ
 
 「若越宝鑑」 (明治32年 ) 〔福井県立図書館蔵〕

「日本名蹟図誌」の第5編として刊行された全3冊の地誌。編者の渡辺市太郎(豊陽)は愛知県出身で、刊行当時は京都に在住していました。郡ごとに名所旧蹟を記し、別に「社寺の部」を立てて神社仏閣の縁起と俯瞰図を載せています。本文は『越前国古今名蹟考』や『敦賀十勝』『若狭国志』など先行する地誌に基づいて書かれており、俯瞰図は実際に渡辺がその地を訪れて描いたものです。細密な銅版画による寺社の俯瞰図は、19世紀末当時の寺社の様子を伝える貴重な資料として多くの郷土誌に引用されています。当館所蔵本は郷土史家の山下与平の旧蔵書です。

資料の詳細・画像の閲覧へ
 
 「若州雲浜八景」 (正徳4年頃 ) 〔福井県立図書館蔵〕

正徳4(1714)年ごろに小浜で刊行された詩画集です。小浜町民の桑原丈之進が、主に京都在住の貴族・武士らのに詩歌を求めて編集し、素海がその詩歌を浄書、風翠が絵を描いています。後瀬山、青井山、津田の入江、両児島(双児島)、雲浜城(小浜城)、蒼島、久須夜ヶ岳、多太神社が雲浜八景として描かれています。

資料の詳細・画像の閲覧へ
 
 「敦賀十勝」 (明治7年) 〔福井県立図書館蔵〕

明治7(1874)年敦賀で出版された詩画集です。明治天皇の北陸巡幸が決まった際、敦賀の歴史や風物を紹介する目的で発行が企画されました。石塚資元の地誌『敦賀志』から10の名勝が選ばれ、風景に和歌や由緒等が添えられています。

資料の詳細・画像の閲覧へ
 
 「解体新書」 杉田玄白 中川淳庵 ほか訳 (安永3年) 〔福井県立図書館蔵〕

ドイツ人医師クルムスの医学書のオランダ語訳『ターヘル・アナトミア』を日本で翻訳した書。小浜藩医者であった杉田玄白らが3年余の歳月をかけて完成させました。内容は漢文体で書かれており、身体各器官の解説を載せた本文4冊と、解剖図を載せた序図1冊からなります。

資料の詳細・画像の閲覧へ(序図)
資料の詳細・画像の閲覧へ(巻之一)
資料の詳細・画像の閲覧へ(巻之二)
資料の詳細・画像の閲覧へ(巻之三)
資料の詳細・画像の閲覧へ(巻之四)
 
 「議事之体大意」 由利公正 筆 (慶応4年) 〔福井県立図書館蔵〕

明治元(1868)年3月14日、明治新政府は五箇条からなる国家の基本方針を公布しました。これが世に言う「五箇条の御誓文」です。この「広く会議を興し万機公論に決すべし。」で始まる誓文の原型となったのが、本県ゆかりの由利公正が著した「議事之体大意」です。

資料の詳細・画像の閲覧へ
 
 「福井県管内地図」 (明治15年) 〔福井県立図書館蔵〕

明治14(1881)年に現在の福井県が誕生した後、初めて県当局によって正式に作成された地図です。県全体の本図が14万4千分の1の縮尺で表現されているほか、各都市の市街図も掲載されています。山地をケバで、平地を白く残して地形を表現しているのが特徴です。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「福井県管内全図」 (大正6年) 〔福井県立図書館蔵〕

大正6(1917)年に作成された福井県管内図です。合併が進んだ現在では福井県の自治体数は17に過ぎませんが、明治期に市町村制が施行された当時、福井市や武生町、敦賀町、小浜町などとともに150以上の村々が存在していました。大正期に作成されたこの地図でも、細かく行政区画が分かれていたころの様子を知ることができます。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 吉田初三郎の鳥瞰図 (昭和5年・昭和8年) 〔福井県立図書館蔵〕

大正から昭和にかけて活躍した鳥瞰図絵師・吉田初三郎(1884-1955)は、生涯に3000点以上の鳥瞰図を作成したとされています。このうち福井県内を描いたものは、つぎの6点が確認されています(ほかに重版や表紙違いあり)。

「福井県鳥瞰図」(昭和8年)        資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
「福井市鳥瞰図」(昭和8年)        資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
「若狭小浜町鳥瞰図」(昭和8年)     資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
「天下の絶勝東尋坊・三国・芦原・永平寺案内図絵」(昭和5年) 資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
「武生町鳥瞰図」(昭和8年)        資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
「福武電鉄及南越鉄道沿線名所図絵」 資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「最新番地入福井市街地図」 (昭和8年) 〔福井県立図書館蔵〕

昭和8(1933)年の陸軍大演習を記念して発行された福井市街図。市内各町名に加えて番地が詳細に記載されており、情報量豊富な地図です。地図上には昭和7(1932)年に決定した都市計画道路が書かれていますが、ほとんどは計画だけで終戦を迎えました。

資料の詳細・画像の閲覧へ
 
 「大日本職業別明細図」 (昭和15年) 〔福井県立図書館蔵〕

戦前の都市案内地図で、当館では昭和15年(1940)に刊行された「福井市」「武生町(現越前市)」「鯖江町(現鯖江市)」の3点を所蔵しています。

「大日本職業別明細図 第623号 福井市・芦原温泉」  資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
「大日本職業別明細図 第633号 武生町」         資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
「大日本職業別明細図 第643号 鯖江町及附近町村」 資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
 「敦賀港市街全図」 (大正15年) 〔福井県立図書館蔵〕

大正末の頃の敦賀市街図です。早くから外国貿易港として発展してきた敦賀港は、東京とヨーロッパを結ぶ欧亜国際列車の連絡拠点でもありありました。本図には、欧亜国際列車のロシア側の拠点であったウラジオストック(浦塩斯徳)の市街図も掲載されています。

資料の詳細・画像の閲覧へ
 
 「小浜町市街地図」 (大正15年) 〔酒井家文庫(小浜市立図書館蔵)〕

大正15(1926)年に小浜町内一番町の太陽堂書店が発行したもので、現在の小浜・雲浜地区を対象とした市街地図です。明治期以降建設された小浜神社(明治8年)、町役場(明治22年)、小浜中学校(明治27年)、小浜病院(明治43年)、小浜線・小浜駅(大正7年)などが記載されています。

資料の詳細・高精細画像の閲覧へ
 
福井県立図書館トップへこのページの先頭へ